サッカー

大久保 剛志選手

Goshi Okubo
所属・ポジション
Navy FC DF
生年月日
1986年6月14日
身長・体重
171cm/65kg

~PLAYERS ALBUM~


 

 

 

~プレーヤーとしての特徴~


 

サッカーを始めた頃からFWとして活躍してきた。中学時代に磨き上げた多彩なシュート技術に加え、相手DFとの駆け引きを制し、チームメートからラストパスを引き出すためのスピーディーかつ的確なタイミングでの動き出しが大きな特長。さらに、外国人選手として活躍と結果が求められるタイでは、ゴールへの貪欲さや攻守両面における献身性を体得していった。現在は、サイドバックのポジションで新境地を開拓。選手としてプレーの幅を広げるとともに、「失点ゼロで勝利することにこだわりを持つようになりました」とコンバートによる精神的な変化も口にする。

 

 

 

代表歴

  • U-18日本代表

2003年 韓国遠征

 

 

~アスリートの11 my mind~


 

1.自分の出身地の良いところや思い出の場所

―「朝日山公園」

 

僕の出身地は宮城県岩沼市というところで、オススメの場所は朝日山公園です。自然がとても豊かで、四季の移り変わりが感じられる素敵な公園です。僕にとっては小さな頃にたくさん遊んだ思い出の場所であり、高台からは通っていた小学校を眺めることもできるので、景色を一望しながら当時のことを思い出したりしています。

 

 

 

2.どんな子どもだったか?

―「時間さえあればボールを蹴っていた」

 

Jリーグ開幕の影響を受けて、小学2年生の時に本格的にサッカーを始めました。それ以来、自宅でも学校でも、少しでも時間があればボールを蹴っていましたね。友だちと家の周りでサッカーをするのはもちろん、父が自宅の庭にゴールを作ってくれたので、ひたすらそのゴールに向かってボールを蹴っていました。自分で「やる!」と決めたことは集中してやり続けるような子どもでしたが、興味がないことは長続きせず、ほとんどが三日坊主だったと思います(苦笑)。

 

 

 

3.子どもの頃になりたかった職業は?

―「プロサッカー選手」

 

開幕したばかりのJリーグを見て、三浦知良選手やラモス瑠偉さんに憧れ、「僕もカズやラモスのようになりたい!」と思ってサッカーを始めました。だから、サッカーを始めた時から、夢はずっとプロサッカー選手になることでしたね。

プロへの手ごたえをつかんだのは高校2年生の時です。初めてU-18日本代表に呼んでもらい、「もしかしたらプロになれるかもしれない」と思ったことを覚えています。

 

 

 

4.今思う、サッカー選手でなかったら、どんな職業についていたか?

―「体育の先生」

 

ずっとサッカー選手として生きてきたので、正直なところ、他の職業を考える機会はあまりありませんでした。でも、これまでの人生や自分がやってきたことを振り返ると、子どもたちと接することや、子どもたちにいろいろなことを伝えていくのが好きなタイプなので、もしサッカー選手でなかったら、きっと教師のような、教育に携わる職業を選んでいたのではないかと思います。

 

 

 

5.逆境に陥った時、それを乗り越える方法

―「多くを語らず、その局面でできることに全力で取り組む」

 

挫折した時やうまくいかない時には、多くを語らず、その局面でできることに全力で取り組むようにしています。その瞬間はいろいろな思いがあるし、中には理不尽なこともあるけれど、それを口にしても言い訳になるだけなので、「そういう時こそ頑張り時だぞ!」って自分に言い聞かせます。

今までのサッカー人生の中で一番大きな挫折と言えば、中学1年生の時に味わったものだと思います。中学に上がるタイミングで仙台のジュニアユースのセレクションを受けて合格しました。「プロに近づける!」という大きな期待感を持って進学しましたが、現実は甘くありませんでした。セレクションによって集められた優秀な選手たちの中で、僕はポジションを確保することができず、試合にほとんど出られない日々が続いたんです。

加えて、自宅から練習場まで片道2時間、行って帰ってくるのに往復4時間もかかっていたんです。当時中学1年生だった僕にとっては、この往復の時間がとにかくつらくてつらく……。練習のある日はいつも疲れ果てた状態で帰宅していたものです。疲労困憊になりながらも試合には出られないという厳しい状況の中、いつしか「自分は何のためにサッカーをやっているのか?」「試合に出られないんじゃ意味がない」「毎日の生活がしんどい」ということばかりを考えるようになっていました。

正直、仙台のジュニアユースをやめようと考えた時もありました。でも、中学1年生ながら、「ここで仙台をやめたら、きっと自分はプロサッカー選手にはなれない」という思いが頭をよぎったんです。その時に、「自分は何になりたいんだ?」「絶対にプロサッカー選手になりたい!」という自問自答をくり返し、最終的には「夢を叶えるために仙台でサッカーを続けよう」と決断しました。あの時期を乗り越えられたことで、選手としても人間としても一回り大きくなれたような気がします。

 

 

 

6.サッカーをしていて、最高の瞬間は?

―「試合に勝った時」

 

試合前のプレッシャーや緊張感がものすごく大きい分、試合に勝った時に味わえる安心感やうれしさというものは最高ですね。同時に、チームメートのホッとした表情や、喜んでいるファン・サポーターの姿を見るとたまらない気持ちになります。

 

 

7.サッカー以外で自分の中で大事にしていること

―「人のマイナス部分や悪口を絶対に言わない」

 

人のマイナス部分をできるだけ見ないこと、もし見つけたとしても口に出さないことを徹底しています。僕は、誰かが誰かの悪口を言っているのを見聞きするのが大嫌いなので。その場にいるだけで気分が悪くなるので、自分は絶対にそういうことはしないと決めています。

 

 

 

8.客観的に自分を見た時に、自分はどんな人間だと思うか?

―「中途半端なことが嫌い」

 

昔から「これだ!」と決めたことは基本的に曲げないタイプの人間ですね。きっと中途半端なことが嫌いなんだろうと思います。

 

 

 

9.大事にしている言葉

―「あきらめないで、追い続けること」

 

小学6年生の時に出会った言葉です。当時、日本代表がアジア最終予選のプレーオフで勝利して、初めてのワールドカップ出場を決めました。その後に、その快挙を記念して日本代表のテレホンカードが発売されたんです。12歳の少年には高い値段でしたが、どうしても欲しくて親に頼み込んで買ってもらいました。

そのテレホンカードが挟み込まれた台紙に、「あきらめないで、追い続けること」という言葉が書かれていたんです。子どもながらに「いい言葉だな」と思ってずっと心の中に留めておきました。翌年、仙台のジュニアユースで心が折れそうになった時には、いつもこの言葉を思い出し、「ここであきらめたらプロにはなれないぞ!」と自分に言い聞かせていたものです。

 

 

 

10.子どもたちに伝えたいこと

―「あきらめずに夢を追ってほしい」

 

僕から子どもたちに伝えたいことは、僕にとっての大事な言葉、「あきらめないで、追い続けること」ですね。あきらめずに夢を追い掛け続けることで、いつか希望の光が差し込んでくると思います。

 

 

 

11.UDNでどんな活動をしていきたいか?

―「子どもたちと触れ合い、刺激を与えたい」

 

僕にとって“子どもたち”というのは大事なキーワードなので、UDNの選手たちにも協力してもらいながら、多くの少年少女と触れ合いたいと思っています。大久保剛志というのは全然たいしたことのない選手なのに、34歳までプレーし続けられているというのは、僕にも何かしら強みがあるのかなと最近思うようになりました。僕自身のキャリアや大事にしているものを伝えていくことで、子どもたちに刺激を与えられたらうれしいです。

 

 

 

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