サッカー

清武 弘嗣選手

Hiroshi Kiyotake
所属・ポジション
セレッソ大阪 MF
生年月日
1989年11月12日
身長・体重
172cm/66kg

~PLAYERS ALBUM~


 

 

 

~プレーヤーとしての特徴~


 

日本人プレーヤーの中でも屈指のセンスとテクニックを持つことは、多くのサッカーファンにとって周知の事実だろう。難しい局面でもしなやかな身のこなしで体勢を整え、どのようなボールもスピードや強さを吸収しながら巧みにコントロール。ファーストタッチの技術の高さとともに、ボールを持ち運びながら攻撃を組み立てるゲームメーク力、そしてチームにビッグチャンスをもたらす高精度のパスは大きな武器であり、国際舞台やヨーロッパの主要リーグでも何度も誇示してきた。多彩なボールを蹴り分けられる能力も併せ持ち、セットプレーのキッカーとしても抜群の存在感を発揮する。

 

代表歴

  • U-20日本代表

 

  • U-22日本代表

2011年 ロンドンオリンピック・アジア2次予選

ロンドンオリンピック・アジア最終予選

 

  • U-23日本代表

2012年 ロンドンオリンピック

 

  • 日本代表

2012年 2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選

2013年 FIFAコンフェデレーションズカップ2013

2014年 2014 FIFAワールドカップ

2015年 AFCアジアカップ2015、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選

2016年 キリンカップサッカー2016、2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選

2017年 EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017

 

国際Aマッチ 43試合/5得点

 

~アスリートの11 my mind~


 

1.自分の出身地の良いところや思い出の場所

―「温泉の数や種類がとても豊富」

 

僕の出身地である大分県は、「日本一の“おんせん県”」と呼ばれているように、温泉の数や種類がとても豊富なところとして有名です。食べ物では、定番の郷土料理「とり天」が大好きで、地元に帰った時には必ず食べますし、自宅でも妻によく作ってもらっています。

 

 

 

2.どんな子どもだったか?

―「サッカーばかりしていた」

 

4歳上の兄がサッカーをやっていたので、それにつられてボールを蹴り始め、小学1年生の時に父が監督を務める大分市立明治北小学校サッカークラブに入りました。

父の指導はとても厳しかったです。自分の息子だからより厳しく対応した面もあったかと思いますが、当時褒められた記憶はほとんどありません(苦笑)。ただ、厳しさの中にも愛情があったので、サッカーをやめようとは思わなかったし、うまくなろうと思って必死に続けていましたね。

 

 

 

3.子どもの頃になりたかった職業は?

―「プロサッカー選手」

 

小学校の卒業文集には、「プロサッカー選手になって、日本代表になること」と将来の夢を書きました。中学1年生の時には2002年の日韓ワールドカップが開催され、地元の大分で行われた2試合を見に行く機会に恵まれました。中でもイタリアとメキシコの一戦では、目の前でくり広げられる一流の選手たちのプレーを見て、「これがワールドカップか!」と世界トップレベルのサッカーを体感することができました。この大会で日本が決勝トーナメントへ進出したこともあり、プロサッカー選手と日本代表を目指す気持ちがさらに高まったことを覚えています。

 

 

 

4.今思う、サッカー選手でなかったら、どんな職業についていたか?

―「保育士」

 

大分トリニータU-18に所属していた高校3年生の時、中足骨を折って手術しました。しかしうまく骨が癒合せずに、改めて手術をすることになったんです。今度は腰の骨を移植するとのことで、再手術後はさらに半年間プレーできないという状況でした。

再手術に臨んだのが7月頃。その時点ではまだトップチームへの昇格が決まっていませんでしたし、プレーできない状態だから大学への推薦ももらえない。当時はサッカーを諦め、子どもが好きだったこともあって、真剣に保育士になろうと考えたこともありました。

 

 

 

5.逆境に陥った時、それを乗り越える方法

―「とことん落ち込む」

 

最近はずいぶんと落ち着いてきましたが、若い頃は感情の浮き沈みが激しくて、プレーやコンディションが良くない時にはとことんへこみ、何にも手をつけられないような状態になっていました。でも僕の場合、「よし! 気持ちを切り替えよう!」って自分自身に言い聞かせるよりも、落ち込む時はどこまで落ち込んでいったほうが、自然と次の一歩を踏み出しやすかったのだと思います。

 

 

 

6.サッカーをしていて、最高の瞬間は?

―「個人としてもチームとしても結果を残せた時」

 

若い頃の僕だったら、「ゴールを決めた瞬間」と答えていたと思います。当時は試合の勝ち負けよりも、自分の活躍を重視していたような部分がありました。でも年齢を重ねるごとに、“勝利に対する執着心”が確実に芽生えてきたような気がします。

勝利を強く意識するようになったのは、2017年から2シーズンに渡ってセレッソ大阪を率いた尹晶煥監督(現ジェフ千葉監督)の存在が大きいのではないかと思います。尹監督は勝利することにものすごい執念を持っている方で、よく選手たちに「勝つというのは最高だろう!」と声を掛けていました。

尹監督の考え方に影響を受けつつ、今では「チームを勝たせるために自分が活躍したい」と考えるようになりました。だから今は、個人的な数字にもチームとしての結果にもこだわりたいですし、常にハイレベルなパフォーマンスを見せたいと思っています。

 

 

 

7.サッカー以外で自分の中で大事にしていること

―「日常生活の中ではサッカーと適切な距離を取る」

 

普段はサッカーのことをあまり考えないようにしています。独身の頃はサッカーのことばかり考えて、一人の時間に落ち込んでいることがよくありました。でも今は、家族と過ごす時間も長いですし、ずっとサッカーのことだけを考えていても息がつまってしまいますからね。

 

 

 

8.客観的に自分を見た時に、自分はどんな人間だと思うか?

―「とてもナイーブで繊細」

 

落ち込むこともありますし、感情の浮き沈みも激しいので、とてもナイーブで繊細な人間だと思います。特に、2017年にヨーロッパから日本へ帰ってきてからはケガも多く、気持ちのアップダウンがかなり大きかったのではないかと思います。

その中でもどん底まで落ちたのが、2018年のロシアワールドカップの日本代表から落選した時でした。自分の名前が23人のリストに入っていないと分かった時には、現役を退こうと考え、父にも引退の意向を伝えました。ケガの影響もあってもはや全力で走れる状態ではありませんでしたし、父も僕の気持ちを受け入れてくれました。

でも、1週間ほど経って父から連絡があり、「ケガをした時はその状況を受け入れるしかない。故障を抱えた状態かもしれないが、サッカー選手として最後の最後まで走り続けてみてはどうか?」と声を掛けられました。持っている力の7割程度しか発揮できない状態の中、父のその言葉にはとても救われましたね。それからはケガと向き合いながらプレーすることを心掛け、ここ1、2年は自分の心の起伏もコントロールできるようになってきたような気がします。

 

 

 

9.大事にしている言葉

―「言葉よりも本能や感覚を大事にしている」

 

僕は本能で生きているタイプの人間だと思っています。だから、何か自分の指針になるような大切な言葉を常に意識しているというよりも、自分がその瞬間に思いついたことを大事にしながら行動している感覚があります。

サッカーにおいても、調子が良い時というのは何も考えずに自分の本能や感覚に任せてプレーしている時で、ピッチ上でいろいろと考え始めるとリズムが狂っていくタイプなんです(笑)。2019シーズンは、就任1年目のロティーナ監督のサッカーを理解して実践しようと考えすぎて、自分の持ち味をほとんど発揮できませんでした。その反省を生かし、2020シーズンは監督が掲げる戦術を意識しながらも、自分の本能と感覚を大事にしながらプレーすることを心掛けたところ、シーズンを通して自分自身の出来にいい感触をつかめているところがありますね。

 

 

 

10.子どもたちに伝えたいこと

―「どんな時でも楽しむ心を忘れずに!」

 

自分が父親になる時、「俺は絶対に自分の父のように厳しいタイプにはならない」と思っていました。でも実際は、生活面においてもサッカー面においても、長男に厳しく接していて、父にそっくりな父親になっていました(苦笑)。

その中で忘れてはならないと思うのが、厳しくても愛情を注ぐこと、そして何事にも楽しむ気持ちを持つように伝えること。サッカーでも勉強でも、楽しみながら取り組むことの重要性を伝えたいと思いますし、少年少女にはどんな時でも「楽しむ心を忘れずに!」とメッセージを送りたいですね。

 

 

 

11.UDNでどんな活動をしていきたいか?

―「何事も単発で終えるのではなく、継続した支援やサポートをしていきたい」

 

サッカー選手である僕だからこそできる活動もあるだろうし、UDNだからこそできる活動もあると思います。少しでも社会に貢献できるよう、これからもさまざまなことに取り組んでいきたいと思っています。

その中で、今夏には「アスリートと共に九州を救おう!令和2年7月豪雨 緊急支援」というクラウドファンディングを立ち上げさせてもらいましたが、こういった取り組みをこの先もうまく続けていけるようなシステムの構築も目指していきたいですね。何事も単発で終えるのではなく、継続した支援やサポートができればと思っています。

 

 

 

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