~PLAYERS ALBUM~
~プレーヤーとしての特徴~
キャリアのスタートは決して早いほうではない。「小学4年生からサッカーを始め、当時からGKとしてプレーしていました。ただ、小学生の頃はGKだけでなく、フィールドも並行してやっていましたね」。その後、前橋育英高校、法政大学という名門でステップアップし、2016年に長崎へ加入。プロ4年目のリーグ戦やカップ戦で勝利を手繰り寄せるパフォーマンスを披露し、一気に守護神候補へ名乗り出た。20年はこれまでの「21」から「1」へと背番号が変わり、チームも大きな期待を寄せている。188センチの高さ、そして長い手足を存分に活かした広い守備範囲が大きな武器だ。
Season | Club | Competition | Matches | Goals |
2016 | V・ファーレン長崎 | J2リーグ | 0 | 0 |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
2017 | J2リーグ | 0 | 0 | |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
2018 | J1リーグ | 0 | 0 | |
ルヴァンカップ | 0 | 0 | ||
天皇杯 | 1 | 0 | ||
2019 | J2リーグ | 16 | 0 | |
ルヴァンカップ | 7 | 0 | ||
天皇杯 | 5 | 0 | ||
2020 | J2リーグ | 1 | 0 | |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
2021 | J2リーグ | 28 | 0 | |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
2022 | J2リーグ | 33 | 0 | |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
2023 | J2リーグ | 0 | 0 | |
天皇杯 | 0 | 0 | ||
通算 | J1リーグ | 0 | 0 | |
J2リーグ | 78 | 0 | ||
ルヴァンカップ | 7 | 0 | ||
天皇杯 | 6 | 0 | ||
総通算 | 91 | 0 |
2024年1月31日 時点
~アスリートの11 my mind~
1.自分の出身地の良いところや思い出の場所
―「川崎大師へ初詣に行くのが恒例行事」
僕は神奈川県相模原市出身で、年末年始には実家に帰省しています。相模原から少し離れますが、お正月には親と川崎大師へ初詣に行くのが恒例行事になっています。
2.どんな子どもだったか?
―「授業中に挙手するのも苦手なタイプ」
子どもの頃は、前に出るのが好きではなくて、授業中に手を挙げて回答するのも苦手なタイプでした。小学4年生の時にサッカーを始めましたが、それまでは特に内気な少年で、サッカーを始めてから少しずつ明るくなっていったと思います。
3.子どもの頃になりたかった職業は?
―「小学校の卒業文集には『サッカー選手』と書きました」
小さな頃は「パン屋になりたい」と言っていました。理由はただただパンが好きだったから(笑)。
小学校の卒業文集には、将来の夢に関して「サッカー選手」と書きました。小学生時代は決して突出したレベルの選手ではありませんでしたが、身長が高かった分、目をかけてもらっていた面もあると思います。当時の憧れは川口能活さん。中でも、2004年のアジアカップ、ヨルダンとの準々決勝のPK戦は今でもよく覚えています。あの試合での川口さんの活躍を見て、改めてGKの魅力を強く感じました。
4.今思う、サッカー選手でなかったら、どんな職業についていたか?
―「選手以外では指導者に興味」
現役を退いてからの話になってしまいますが、選手以外の職業という意味では、サッカーの指導者に興味を持っています。選手のコンディションや意識の持ち方に加え、指導者のアプローチの仕方一つで選手のプレーの質は大きく変わってきます。選手のプレーを通して、自分の取り組みを試合に落とし込めた時の感覚というのは、指導者のやりがいにつながるのではないかと思っています。僕自身がプロサッカー選手を経験したことで、より手厚いアプローチができるのではないかと思うと、将来のことながら今から楽しみです。
また先日、不動産関係で働いている後輩と電話をしたんですが、一から街づくりをしていくようなスケールの大きな話を聞かせてもらい、とても刺激を受けました。僕にとっては専門外の世界なんですが、聞いているだけでワクワクしてきましたし、壮大な計画とイメージを形にしていくというのは本当にすごいことだなと改めて感じました。
5.逆境に陥った時、それを乗り越える方法
―「心の中で覚悟を決める」
2016年に長崎に加入してから3シーズン、僕は一度もリーグ戦のピッチに立てずにいました。プロサッカー選手として、この先もチームが契約を延長してくれるのかどうか、不安になったし、怖さを感じたこともありました。3年目のシーズンが進んでいくにつれて、危機感がどんどん高まっていったことをよく覚えています。
そのような状況の中で、長崎は僕をチームに残してくれました。それを知った時、心の中で決めた覚悟が、今の自分につながっているような気がします。4シーズン目を迎えるにあたり、「これがラストチャンスだ」と自分に言い聞かせたし、「プロの世界でこのまま終わりたくない」という思いがすごく強くなりました。同時に、練習中や日常生活において、「プロサッカー選手として今何をするべきか?」という部分が明確になったことは、僕にとってとても大きなことでした。
6.サッカーをしていて、最高の瞬間は?
―「チームの勝利が何よりも大事」
試合に勝った瞬間の喜びは特別なものがあります。自分の活躍は二の次で、やはりチームの勝利が何よりも大事ですね。勝利を手にした時の喜びを表に出すのは苦手なタイプなんですが、内心ではとても喜んでいるんです(笑)。
7.サッカー以外で自分の中で大事にしていること
―「礼儀を重んじ、常に謙虚でいること」
前橋育英高校時代から、指導者の方々には「人としてどうあるべきか?」という部分の大切さをずっと教わり続けたこともあり、僕の中では人間性をすごく大事にしています。挨拶や礼儀を重んじ、常に謙虚でいること。これらを意識しながら日々生活しています。
8.客観的に自分を見た時に、自分はどんな人間だと思うか?
―「一歩引いた場所から全体を眺めているようなタイプ」
9.大事にしている言葉
―「感謝」
「感謝」という言葉がすごく好きなんです。自分の人生において感謝すべき人はたくさんいるんですが、中でも父と母にこの言葉を伝えたいですね。愛情を注いでもらったことはもちろん、小さな頃から時間とお金を掛けてもらい、大学までずっとサッカーをやらせてもらいました。僕もプロサッカー選手として社会人になり、お金を稼ぐことの大変さを痛感していますし、両親は本当に偉大な存在だなと感じています。
10.子どもたちに伝えたいこと
―「夢の実現に向けて突き進んでほしい」
大きな夢を持ち、その夢に向かって努力するのは本当に素晴らしいことだと思います。どんなジャンルのことでも構わないので、最後まであきらめることなく、夢の実現に向けて突き進んでほしいですね。
11.UDNでどんな活動をしていきたいか?
―「お世話になった地域や学校などに恩返しを」
プロサッカー選手だからこそできることや、与えられることがいろいろとあると思っています。だから、今のこの時間を通して、特に自分自身がお世話になった地域や学校などに恩返していきたいなと思っています。
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