サッカー

田平 起也選手

Tatsuya Tabira
所属・ポジション
いわてグルージャ盛岡 DF
生年月日
2001年5月10日
身長・体重
188cm/80kg

~PLAYERS ALBUM~


 

 

~プレーヤーとしての特徴~


 

高さと速さを兼ね備えた左利きのセンターバック。神戸弘陵高校時代、2年生まではAチームとBチームを行き来し、ポジションを手にするまでには至らなかった。それでも、持ち前の“あきらめない心”と日々積み重ねた“地道な努力”が3年時に実を結ぶ。圧倒的とも言える空中戦の強さ、攻撃の起点となるビルドアップ時の存在感、そして左足からくり出す正確なフィードを武器に定位置を確保。さらにはU-18日本代表にまで上り詰め、自身の夢だったプロへの道を切り開いた。次なる目標はJリーグでの飛躍と日本代表選出。田平起也の挑戦はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

代表歴

  • U-18日本代表

2019年  リスボン国際トーナメントU18

 

 

 

~アスリートの11 my mind~


 

1.自分の出身地の良いところや思い出の場所

―「雰囲気や空気感がとても気に入っている」

 

出身地は大阪府の八尾市です。けっこう田舎なんですが、街が持つ雰囲気や空気感が個人的にはとても気に入っています。「新しいお店ができた」とか「高層ビルが建った」ということもなく、今も昔も街の風景はほとんど変わりません。この“変わらない”というところがすごく心地いいんですよね。自分が生まれ育った街の景色が今なお残っているというのは感慨深いものがあります。

 

 

 

2.どんな子どもだったか?

―「いつも外で遊んでいた」

 

小学生時代、家の中でじっとしているということはほとんどありませんでした。学校から家に帰ってくると同時にランドセルを置いて、すぐに友だちと公園に遊びに行っていましたね。陽気なタイプだったので、クラスの中ではムードメーカー的な存在だったと思います。

 

 

 

3.子どもの頃になりたかった職業は?

―「プロサッカー選手」

 

将来の夢や目標を持つようになったのはサッカーを始めてからですね。小学5年生の時にサッカーを本格的にやり始め、それ以降は「プロサッカー選手になりたい」と思うようになりました。

 

 

 

4.今思う、サッカー選手でなかったら、どんな職業についていたか?

―「サッカー選手になった今でも持ち続けているビジョンがある」

 

高校卒業のタイミングでプロサッカー選手になっていなかったら、きっと大学進学を目指していたと思います。一方で、もし大学に進むのではなく社会に出るという道を選んでいたら、将来的に「経営者になりたい」「新しいものを生み出すようなビジネスに携わりたい」というビジョンをぼんやりと持っていたので、そういった分野や働き方を目指していたかもしれません。

今の時代、SNSやWebなどでさまざまな情報や知識を得ることができます。僕はキングコングの西野亮廣さんや堀江貴文さんの意見や考え方に触れることが多いのですが、一つの枠にとらわれることなく、多様なことに挑戦している人たちには大きな魅力を感じます。僕も周りに強い影響力を与えられるような存在になりたいと思っているので、現在はそういった方々が発信する内容や発想をお手本にしながら見識を広げているところです。

 

 

 

5.逆境に陥った時、それを乗り越える方法

―「トライ&エラーをくり返しながら問題を解決していく」

 

何か問題が発生した場合、僕はそれをさまざまな角度から見て、毎日毎日いろいろなことを考えます。そして試行錯誤しながら、ちょっとずつ答えを見つけ出していく。行動することをやめず、トライ&エラーをくり返しながら問題を解決していくようなスタイルですね。

これまでの人生の中で一番苦しかったのは、中学生時代の3年間です。セレッソ大阪のジュニアユースに加入した瞬間に、周囲との差を感じて愕然としました。レベル的に僕が一番劣っていて、練習でも試合でもミスばかり。何をやってもうまくいかず、本当に自信をなくして、何度も「これ以上続けられない」「もうやめよう」と考えました。でも、「ここでやめたら逃げるのと一緒だ」と自分に言い聞かせ、毎日必死に食らいついていましたね。

 

 

 

6.サッカーをしていて、最高の瞬間は?

―「短所を克服できた時」

 

高校時代から、長所を伸ばすトレーニングよりも、短所を克服するトレーニングを重視してきました。だから個人的には、苦手なプレーを改善し、試合で成功させられた時に、大きな充実感を味わうことができていると感じます。

もともと身長は高いほうだったんですが、実はヘディングの競り合いがとても苦手でした。高校1年の時には、できるだけ競り合いを避けようと考えながらプレーしていた時期もあるくらいです。でも、「このままではプロサッカー選手になれない」と考えて、2年になってから積極的にヘディングの練習に取り組み、3年時には空中戦の強さが自分の武器になりました。トレーニングを重ねるごとにだんだんと競り勝てる回数が増え、最終的にはほとんどの競り合いで勝てるようになっていったことは、僕のキャリアにおいてとても大切な成功体験の一つだったと思います。

 

 

7.サッカー以外で自分の中で大事にしていること

―「お風呂上がりのストレッチ」

 

お風呂上がりのストレッチは中学3年生の頃から毎日続けています。「体を柔らかくしたい」「ケガを減らしたい」という思いがストレッチを始めたきっかけでした。

それと、その時期にこういう発想にたどり着いたんです。「日本を代表するような一流の選手たちは常に体のケアに気を配っているに違いない」「自分も同じステージで戦うことを目指すのならば、今のうちから取り組み始めなければいけない」。14歳、15歳の時点でこの点に気づけたことも、日常生活の中にストレッチを導入することになった大きな要因の一つですね。

 

 

 

8.客観的に自分を見た時に、自分はどんな人間だと思うか?

―「真面目な人間」

 

自分で言うのもなんですが、自分は「真面目な人間」だと思います。また、周りと比べた時に、物事に取り組む意識や意欲が高いほうかなと思う時もありますね。どんな状況であろうとも、周りの環境や雰囲気に流されず、自分の考え方を大事にすることを心がけています。

 

 

 

9.大事にしている言葉

―「座右の銘は意識的に持たないようにしている」

 

これまでもよく「座右の銘は何ですか?」と聞かれたことがあるんですが、いつも「ありません」と回答させてもらってきました。その時々の状況によって、自分を奮い立たせてくれる言葉や、心に響く言葉って異なるような気がするんです。だから、座右の銘は意識的に持たないようにしてきました。

ただ、“最近気になった言葉”という点では、こんなフレーズに巡り合いました。

「自分を大切にできない人は、他人を大切にできない」

少し前に読んだ『きっと明日はいい日になる』(PHP研究所)という本に書いてあり、とても共感しました。SNSにも印象的な言葉をたくさん載せている田口久人さんという方の本で、読んでみたらとても面白かったです。

 

 

 

10.子どもたちに伝えたいこと

―「あきらめない気持ちを持とう」

 

大事なのは、周りに流されることなく、何事にもあきらめない気持ちを持つことだと思います。

先ほども述べたとおり、僕は苦しい中学生時代を過ごしました。何度も何度もサッカーをやめようと考えましたが、自分の性格上、あきらめることはできませんでした。つらいながらも、「あきらめたら負けだ」「絶対にこの状況に打ち勝ってやる」と思っていたからです。

チームの練習が終わった後、自宅に帰ってからもトレーニングをしたり、体力をつけるためによく走りに行ったものです。「こういった努力がきっといつか報われるはずだ」と自分に言い聞かせ、地道に取り組んでいました。

また、自信を失い、気持ちがどん底まで沈んでいた僕を、いつも隣で支えてくれたチームメートの一人が、こんな言葉を投げ掛けてくれました。

「人はいつ花開くかわからない」

神戸弘陵高校に進み、3年生になって試合に出られるようになり、年代別の日本代表にも招集され、プロ入りが決まった時に、この言葉を改めて強く噛みしめました。「ああ、こういう意味だったのか」とものすごく身にしみたことを覚えています。

 

 

 

11.UDNでどんな活動をしていきたいか?

―「子どもたちに夢を与えていきたい」

 

社会貢献という面では、プロサッカー選手として子どもたちに夢を与えていきたいですし、そういう活動に積極的に関われたらと思っています。

また、個人的にはビジネスや経営といったジャンルにも興味があるので、将来に向けていろいろなことに取り組んでいきたいですね。本を読んで学んだり、英語を覚えたり、やれることっていっぱいあると思うんです。そのような取り組みの中で得た情報や考え方をUDNの活動にも生かしていきたい。インプットした知識をさまざまな企画やアイデアに反映させることによって、より大きな活動につなげていくことができるのではないかと楽しみにしています。

 

 

 

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